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「私」という旅

 バイオグラフィーを学ぶ機会に巡り会えたのは、2006年の夏。ドイツから帰国してすぐでした。ドイツにいるときにも幾度か参加を考え、でも家族の事情でそれが叶わなかったバイオグラフィーのコース。それが、まるで私を待っていてくれたかのように開かれていたのです。導かれているような気持ちですぐに連絡をとりました。始まったコースを受けていて、見たことのある図が出てきました。あれは…、と記憶を辿ると、子どもたちがまだ保育園に通っていた頃、ミヒャエラ・グレックラーさんの講座に参加し、ミヒャエラさんが曲線を描きながら語ってくれた、人の成長の話だと気づきました。あのお話は、まさにバイオグラフィーだったのです。その時の気持ちまで一緒に蘇ってきました。中でも精神の成長の変化の話を聞きながら、精神が目覚め変化を辿る道に私は進みたいと思ったことも鮮明に思い出しました。

 バイオグラフィーワーカーの学びで出会った方々の人生を一緒に辿っていくことで、自分の人生が豊かになっていくのを感じました。一人一人のあの時の哀しみも、苦しみも、喜びも、楽しみも、その全てがその人にとって、そして私にとって愛おしい時間、それが今の私をつくってくれているのだと、それまで以上に深く受け取ることができました。そして、私が出会う人たちの人生にもたくさんの喜怒哀楽があって、それを抱えてここに到ったのだと思えるのです。私が、自分の人生を時々迷いながらも「引き受ける」と思うことができるのは、バイオグラフィーワークのおかげかもしれません。

 ふと振り返ってみる過去のできごとは、いつも同じ意味合いを示すとは限りません。角度を変えて眺めることで「そんな意味もあったのか?」と気づかされます。

 写真のモミジは、陽を通して見える姿です。陽に照らされたモミジとはまた違った趣を感じます。「私」という主観的な立場を超えて人生を観ることで、見え方が変わるのと似ているなぁ、と感じます。一つのできごとであっても、見方はいくつもあります。これから先も私の人生は私にしか歩めない、だけど「私を超えて」精神の目覚めを辿る道を生きていきたいという願望を、一つの道標として思うのです。

 

 ここまで書いて、ルドルフ・シュタイナーの箴言 Friedenstanz「平和の舞」が思い浮かびました。その一部を記し、バトンを渡したいと思います。


 

 “私の魂と世界はただひとつのもの

 

 生命が私の周りで明るさを増していく

 生命が私に対して重さを増していく

 生命が私の中で豊かさを増していく

 

 平和に向けて努力せよ

 平和の中に生きよ

 平和を愛せよ”

(『平和の舞』から一部抜粋)

 

(vol.22▶江崎 桂子/関東/3期

 

※文中のバイオグラフィー曲線の図は「オープンフォーラム(2012年4月号)」からの出典です。

※次回は、菅原 知子さん(関東/8期)のリレーコラムです。どうぞお楽しみに。